仕事にするべき好きなことは現実逃避とは別!違いを見分ける方法

仕事にするべき好きなことは現実逃避とは別!違いを見分ける方法

好きなこと、やりたいことを仕事にするというのは、人生の教科書として採用されるべきことだと思っています。

なぜなら、生き方のベースは自然体だからです。

ただ、仕事にしたいほどのやりたいことが見つからないケースが多いです。

好きなこと、やりたいことがわからない状態ですね。

 

この記事で書いていることはシンプルです。

現実逃避したいことは、やりたいこととは限らないということですね。

これに集約されます。

 

だから自由が大事

自由であることは、とても大事なんです。

特に、精神的に自由であることです。

もし現実逃避したい状態だと、自分がゲームしたいとか、漫画読みたいんだと勘違いしてしまうんです。

 

瞑想は、このために行うといってもいいのではないかと思えるぐらいの話です。

やりたいことというのは、情熱的で、誰かに止められてもしてしまうことですね。

他のことをしろと言われても、やり続けてしまうようなものです。

でも現実逃避として読みたい場合は、「なんか漫画読みたい」というように、具体的な欲求ではないんです。

なんでもいいってことはないでしょうけど、具体的な作品があるわけでもない状態ですね。

 

好きならもっと具体的

現実逃避とは違って、本当にやりたいことはもっと具体的です。

そして、とても好奇心が旺盛な状態です。

というより、好奇心があるからやりたいんですよね。

 

なんとなくマンガを読みたいというのは、本当にやりたいこととは限らないのです。

現実逃避したいだけとか、なんか時間つぶしたいだけの可能性がけっこうあります。

もちろん、現実逃避や時間つぶしが悪いという話ではないですよ。

 

情熱的で、好奇心で読みたい時ってのは、もっと具体的なんです。

「この作品が読みたい!」

「こういうのが読みたい!」

というほどに。

 

好きなこと(作品)の中で、何が好きなのか、細かいレベルで把握して、それを徹底的に磨き上げると、自分の強烈な個性になります。

そういうヒントが含まれているのが、好きなことなんですよ。

情熱的であるからこそ努力とあまり感じないため、圧倒的な努力ができます。

 

努力は必須

努力を努力とあまり感じないのが、好きなことの証でもあります。

巷では、努力しないで成功する方法などという売り出し方がされているのを見かけます。

しかし、努力しないで成功なんてほぼムリな話です。

 

特にこれからの時代は、ますます通用しなくなるでしょう。

インターネットの登場で、不正もかなりばれやすくなっていますし、リスクも増えています。

本物じゃないことや実力がないことも、ばれてしまいやすいです。

 

まさにこれからやってくる時代は、努力が必須なんです。

だからこそ、好きなこと、やりたいことを見つける必要があります。

 

学ぶためには

人は学んでさえいれば、とりあえず問題ないというのが私の認識です。

なぜなら、いずれは自分にとっての正解にたどり着ける可能性があるからです。

たどり着けないかもしれませんが、人生ですからそれはそれで致し方ありません。

では学ぶためには、何が必要でしょうか。

 

それこそが、自由です。

自然体であるというのは、そういうことです。

不自然な時、それは自由が奪われている状態です。

もちろん、社会の人間として生きている私たちは、時に社会に合わせなければいけません。

完全に自然体というのはムリでしょう。

ポイントは、社会に合わせることはただの技術ということです。

正確に言うと、合わせすぎないで済む技術といえるかもしれません。

ですから、まぁ理想論かもですが、慣れてしまえばどうということはないはずです。

慣れるまでが大変ですが。

技術を身に着ければ、合わせすぎないで済むので、精神的に自由をある程度は確保できるかもしれません。

最初は苦労して心の余裕が全くなくても、技術が身についてくるとある程度余裕が出てきます。

これが、精神的にちょっと自由になってきた状態です。

 

私は、自然体こそ生き方のベースである(べきもの)と思っています。

自然体というのは、精神が自由であることによってもたらされます。

物理的に自由であることではなく、本質は精神が自由であることです。

理論上は、どんな状況でも平静を保てることになるのでしょう。

究極的な例を挙げれば、キリストが死刑になるときですら、他人の心配をしたように。

 

この自由こそが、やりたいことを見つけるためにも必要なんです。

そうでなければ、現実逃避したいこととやりたいことの区別がつきにくいんです。

そのための練習法が、瞑想です。

 

もちろん、瞑想すればふつうの人がキリストレベルまでいくわけではありません。

ただ、自分なりに平静を保てる状況の幅は広がります。

 

見つけるためにも瞑想を

瞑想は好きなことを見つけるのにも役立つわけです。

私たちは、現実逃避したくなるような精神状態だと、自由を失っているんです。

自由だからこそ、やりたいことがわかります。

なぜなら、自由でないときは、やりたいことをやりたい精神状態ではないからです。

だから、やりたいことがわからないんです。

 

〇〇しなければならないというプレッシャーがあるときに、どうして自分のやりたいことがわかるでしょうか。

根本的には人は、生きなければならないというプレッシャーがあります。

あるいは、生きたいという欲求と、それが叶わないかもしれないという恐怖があります。

 

そこから自由になるには、瞑想が非常におすすめなのです。

やりたくない仕事をしていて自由を失っているからと言って、仕事を辞めたら生活への恐怖が新たにやってくる可能性があります。

生きている以上、あらゆる不自由さはつきまとうため、精神的に自由になるしかないんです。

 

私たちは、物質的には自由になれません。

どうしても、空気や水が必要だからです。

よって、精神的に自由になるしか、自由を獲得できる方法はないように思えます。

物質的に不自由があまりなければ、比較的精神的にも自由でいられるんですけどね。