逃げていいし現実逃避や引きこもりも必要なこと。逃げたあとの戦略が大事

逃げていいし現実逃避や引きこもりも必要なこと。逃げたあとの戦略が大事

いじめやブラック企業から、逃げていいと言われる時代になってきました。

逃げたあとは自由ですから、自分(たち)で決めなければいけません。

自分が主体的に決められる環境に移るために、逃げるわけです。

 

実のところ、引きこもりや現実逃避は必要な部分はあります。

もちろんその人にとっては、という意味ですが。

現実逃避や引きこもりも一種の逃げですが、逃げたあとはどうしたらいいでしょうか。

 

逃げる戦術とそのあとどうするか?について

引きこもりも現実逃避も、嫌なことから逃げるのも、1つの戦術です。

戦術には戦術目標があります。

戦術目標は「その場をしのぐ」ことです。

逃げるってのは基本的に、その場にいることが良くないから行います。

ですからまずはその場から離れたり、その場しのぎをすることで、”人生という戦略のため”に逃げるわけです。

いじめから逃げるのは当たり前

例えば銃を持っている人間が攻撃宣言したら、どうしますか?

逃げますよね?

もちろん対処できる人は対処すればいいです。

しかしほとんどの人はムリなので、逃げますよね。

いじめも同じで、対処できる人はすればいいです。

しかしムリなら、そもそも逃げるべき案件です。

人生から逃げないために逃げる

人生から逃げること、それはすなわち自殺です。

自殺をしないために、逃げるのです。

生きるために逃げるのです。

逃げることから逃げること、それが自殺とも言えます。

逃げていいですが、考えることや決断することから逃げるべきではありません。

本質的には生きる意志を失うことが、人生の放棄です。

とても苦しく大変な行為

逃げるってのは大変なんですよね。

苦しいものです。

何せ自分の無力さを痛感しますから。

「もし逃げられなくなったら…」という恐怖も生じます。

地獄を経験したり絶望を経験すれば、人生を放棄したくなる気持ちも当然でしょう。

そこまでいかなくても、嫌になることがあるのは当たり前ですからね。

現実逃避という焦燥感

苦しいと逃げたくなりますね。

現実逃避しているときも、焦りがあります。

でも、どうしようもないなら、現実逃避しか選択肢がありません。

私も、現実逃避しかできることがないと、思っていた時期があります。

今思っても、実際そうだったなと思います。

夜はいつか明ける

しかしいつかは、もう現実逃避はする必要がないことだと、決別できる時が来ます。

その時が来るように、今できると思うことをします。

自分のすべてを調べる内省や、資質の診断をしたり。

人生の戦略や戦術を考えたり。

好きなことを仕事にすると考え、ブログに記事を書いたり。

アイディア出しをしたり。

もちろん可能なら、アルバイトをするとか、在宅ワークとか、やれそうなことをやればいいです。

鬱になっているなら、休息は明らかに必要です。

人は自ら自分の首を絞める

私は超絶自由を重視するタイプです。

その自由とは、知識や情報の領域にまで及んでいます。

「〇〇しなければならない」

という考えが、すでにして不自由なのです。

考え方や価値観で自由を失い、かえって自分の首を絞める人は少なくありません。

究極的には好き嫌いすら不自由の原因になります。

もちろんこのあたりを、完璧に自由でいられる人は、悟っている人以外いませんけどね。

感情は自ら生じる

「働いていない人間は無価値だ」

という考えを持っている人間が、無職になったとき自分の首を絞めます。

「幸せな人生にしか価値がない」

と思っている人は、不幸なことが起こったとき人生に絶望します。

その感情を、自ら引き起こしていることに気づかないのです。

もちろん世間の意見を鵜呑みにした結果や、洗脳された結果でしかなく、不本意なものかもしれません。

しかし自分の中の価値観、考え方、感情と向き合わないと、前に進めません。

感情の問題を解消する

苦しいなら、苦しいことを味わいます。

現実逃避すべきでないのは、やはりその通りだと思います。

ただ私が言いたいのは、現実逃避が時間の無駄という意味ではありません。

重要な点は、現実逃避をしたいときに、現実逃避をしたいその感情、気持ちを味わうことです。

別に他の何かをする必要はありません。

ただ現実逃避もせず、その焦りや不安など、ゾッとするような感情を味わいます。

味わいながらも、俯瞰します。

これが感情の解決の仕方です。

何から逃げているのか?その原因を見つける

現実逃避ということは、何かから逃げているのです。

将来を思ったときの絶望から逃げたいのでしょうか?

自己無価値感から逃げているのかも?

あるいは、逃げたことによるみじめな自分を見たくないのかもしれません。

実際に現実逃避をしてしまうと、原因が特定できず、かえって恐怖などネガティブな感情が増大します。

じっくりとネガティブ感情を味わったときに、自分が本当に恐れていることが見えます。

そこから本質が見え、解決策を考えるスタートラインに立てます。

内省から逃げてはいけない

軽くまとめてしまえば、逃げてはいいけども、内省から逃げてはいけないと思っています。

思考、価値観、決断、意志、思い、向き合うこと、感情を味わうこと、主体的な行動などです。

このあたりから逃げてはいけません。

逃げるとはあくまで、環境を変えるという意味です。

外部に対しては逃げていいですが、自分という内部から逃げることは人生の放棄を意味します。

引きこもりはどうか

逃げた結果、引きこもりになることは当然あります。

その引きこもりが、緊急避難的なものなど、必要なこともあるでしょう。

鬱の人も、必要なのかもしれません。

しかし内省から逃げていいわけではないです。

落ち着いてからでいいので、内省をします。

逃げたという事実から、逃げてはいけないのです。

 

引きこもりそのものは全く問題ない

世の中引きこもりがちな人はふつうにいます。

精神的に問題なく、収入も問題なら、何の問題もありません。

逆に言うと、精神か収入に問題があると、引きこもりが問題になりやすいです。

もっとも、問題と決めつけることが私は好きではありませんけどね。

現実逃避せず内省をしていればGOOD

現実逃避ではなく、向き合っているかどうかです。

ゲームでお金を稼いでいる人は、毎日10時間以上ゲームをしているかもしれません。

でも現実逃避としてゲームをしているとき、自分でそれが逃避だと分かっているはずです。

好きなことを仕事にするつもりなら、本気で徹底的にやります。

もしそれで現実逃避にしかなってないと気づいたなら、即座にやめるべきです。

自分の人生と向き合っているか

内省が大事です。

例えば家で好きなことをしていたいという人もいます。

そういう人が引きこもりつつ在宅ワークしながら、ブログ書いていたら無問題なわけです。

今は在宅ワークもしやすいので、引きこもりそのものは問題になりにくいです。

希望は必要

基本的には、行動には希望が必要なことが分かっています。

行動するには希望が必要です。

私も希望を持っては絶望することを繰り返してきました。

別にそれでいいと思います。

その先に、安定した希望が見出せる可能性があるように思えます。

 

まとめ

「逃げるという戦術は自ら考え決断するため」

って感じです。

逃避も必要だけど、内省から逃避してはいけないという考えです。

あとは本質を外さないことですね。

ちなみに「内省から逃避してはいけない」という考えは、かえって不自由になるリスクがあります。

今その考えを持てない場合は、無理に持つ必要はないと思います。

鬱の人は「〇〇しなきゃ」と、強迫的になりやすいですからね。

 

逃げた後先のことは、内省によって自分で考え決断し、行動してこそ道が開ける