好きなことが見つからない原因がわかった!結論→原因は好奇心の停滞

好きなことが見つからない原因がわかった!結論→原因は好奇心の停滞

好きなことが見つからない原因を、ずっと探し求め研究してきた結果、ようやくわかりました。

その原因が、好奇心の停滞です。

ワクワクがないことや、感じられないことももちろん含めます。

しかし何よりも重要なのは、好奇心がちょっとしかなくてもその先に進むことです。

 

大して好きじゃないことから始まる

たいして好きじゃないんだよなーと思うことがあったとしましょう。

それをやっても人生が変わるほどじゃないだろうと考え、たいていの人は行動しません。

しかし、これが好きなことが見つからない原因になるんです。

小さな好奇心を積み上げていく

好きなことをする生き方とは、ちょっと興味のあることや気になることを、たくさん積み上げていくことです。

飽きてやめたものも大量にでてくるかもしれません。

しかしやってみないと、好奇心は先に進みません。

あれをやってみたいとか、ちょっと気になることがあるとか、このような状態で止まっていると、”好奇心が停滞”します。

飽きてやめたことがたくさんあることは、むしろその分好奇心が進んでいるので喜ぶべきことです。

ホリエモンの生き方

ホリエモンは徹底的に好きなことや興味のあることをやり、飽きたらやめています。

徹底的にというのが本質ではありますが、好奇心がないと徹底的にやるなんて難しいです。

ホリエモンの生き方とは、好奇心を育てる生き方と言い換えてもいいでしょう。

小さな好奇心でも動き始めるからこそ、”好奇心がその先に進む”んですよ。

ちょっと好きとか、ちょっとやってみたいと感じているのに、そこで止まっていると進みません。

小さな一歩が大切という成功法則

成功法則には、小さな成功が大事というものがあります。

これは小さな成功体験という意味合いもありますが、何より一歩前進すると、その先に進み始めることです。

これは好奇心でもいえることです。

日頃の小さな行いが、非常に重要ということです。

小さな好奇心があったなら、それを見逃さず、しっかり重視することです。

 

 

全身で味わい、感じること

好きなことを徹底的にする生き方、すなわち好奇心を育てる生き方は、全身で味わう生き方とも言えます。

ポイントは、苦悩も全身で味わうことです。

もちろん囚われる必要はないのですが、そうでなければ好奇心も感じられなくなるんです。

五感をオープンにしていくことが必要です。

オープンにすると、必然的に苦悩も感じざるを得ないというわけです。

苦悩を閉じようとすると好奇心も閉じる

社会の中にいると、好きなことが分かりにくいと一般に言います。

それは感覚を閉じてしまうからです。

この社会は特に異常ですから、人は多かれ少なかれ感覚や情報を遮断します。

特にネガティブなものです。

嫌なことは忘れたほうがいいと一般に言われますよね?

しかしこれをしてしまうと、感覚が閉じられてしまい好奇心がなくなったかのように感じます。

適応しない生き方

私は適応をしないことや、遅らせることにも大きなメリットがあると考えています。

そもそも社会が健全なら、適応もあまり問題になりませんけどね。

社会が異常となると、それに適応することは多かれ少なかれ何かを失うことになります。

そこで1つ選択肢として挙げられるのは、適応をしない生き方です。

あるいは適応を遅らせる生き方です。

もちろん全部に適応しないのではなく、選択的に適応したりしなかったりする感じです。

自分の価値観で動こう

自分の価値観で動く生き方でもあります。

これは早い話あらゆることを、自分の価値観で再定義しましょうということです。

職業とは何か?人生とは何か?人生の目的や幸せの定義など。

こういった抽象的なことを考えた結果、自分なりの生き方に具体化します。

例えばアルバイトなどの非正規で仕事しながら、やりたいことをやるとかですね。

社会の価値観が合っていない人は、自分の価値観を明確にして、自分の価値観で動いたほうがいいかもしれないわけです。

好きなことをする生き方は厳しい

好きなことをする生き方の厳しさは、社会の厳しさとは異なります。

これは自分で自分に厳しくするものだからです。

すなわち、徹底的にやるということです。

逆に言うと、漫然としたものは排除する生き方です。

断捨離をする生き方

面白くもないゲームは排除し、惰性でやっていることは自分でやめなければいけません。

惰性的な生き方をしてきていると、この切り替えが難しいです。

徹底的にハマるという生き方ですからね。

ハマらなかったものはむしろ、どんどん捨てていいぐらいの話になるワケです。

社会の厳しさも当然ある

その上で社会の厳しさも当然ながらあります。

例えば需要がなければ、どんなに好きでも成果がでないことです。

こういったことは、無慈悲に起きます。

他にも価値をどこまで高めればいいか、需要があるかどうかなど、暗中模索なところなどがあります。

覚悟を決め、すべてを自分ごととして生きること

全身で苦悩を味わう覚悟が必要なように思えます。

もちろん、わざわざ地獄に出向く必要はありません。

ただ降りかかった苦悩を味わうことになるので、つらいことも出てくるでしょう。

好きなことだからこそ生じる苦悩があるんです。

これを受け入れる覚悟が必要とも言えます。

それに好奇心で動くことは、そもそも命がけですからね。

自分の好奇心に責任を持たないと、行動が始まりにくいという意味もあります。

 

まとめ

暇つぶし、消費、浪費といったものは、好きなこととは違うわけですね。

むしろこれらを捨て去らないといけません。

その上で、好奇心を育てていく必要があります。

徹底的にやりたいこと、探求したいこと、深めたいことですね。

 

これは世界を感じた上で”自然に”生じる好奇心を手掛かりに、好奇心を育てていく生き方かなと思います。

世界のすべてを感じることは不可能で、個人の認識や経験としての範囲が前提ですが。

自分の感性でめいいっぱい感じて、その感性に自信と責任をもって、動いていく感じかなと。

だから自分の感じていることを、存分に感じて味わい、覚悟を持つ必要がありますね。

社会の在り方や制度すら自分ごとに感じられると、責任感をもって行動できる気がします。

 

まずは日頃から、小さな好奇心を見逃さず感じ取り、それを”大切”にして、行動してみるとよさそうです。