好きなことをする生き方とはハマっては飽きるを繰り返すこと

好きなことをする生き方とはハマっては飽きるを繰り返すこと

飽きることは悪いことじゃない

好きなことをとにかく1つ極めないといけないんだと、思い込んでいる人は多いのではないでしょうか。

かく言う私も、そう思い込んでいたわけですが^^;

飽きることはそもそも問題ではなく、好奇心の赴くまま徹底的にやればいいわけです。

「たんのしぃいい~~~!」と思うことをやりましょう。

飽きたらさっさとやめればいいのです。

好きなことをしようとすると、かえって”好きなこと”にとらわれてしまうように思えます。

 

ファイナンス(収入)は別

苫米地英人博士という方がよく言っていますが、職業と収入は別の話です。

それこそ儲からないような好きなことを職業としてもいいわけです。

もちろん自称でいいのです。

そのうえで収入のために、別のことをすればいいわけですね。

むしろ収入のためにしていることが副業とすら言えます。

収入的には高額で本業と言えたとしてもです^^;

本質は価値であり極めることではない

極めることは、もちろん1つの大きな価値です。

ただ、極めることだけが価値ではないです。

好きなことや、今まで飽きてははまってを繰り返してきたことの中でどこに価値があるかは、なかなか自分ではわかりません。

というのもそういった価値というのは、お客さん自身が見出すものだからです。

ですから世の中に(ブログなども含めて)提示してみれば、反応でわかると思います。

例えばキンコン西野さんもクラウドファンディングで、反応を探っているようですし。

もちろん自分の中で、練り上げることも重要だと思います。

生活を質素にする方法もある

生活を質素にして必要な収入額を下げ、その分労働時間を減らします。

そのうえで、やりたいことの時間を確保し、やりこんでいくという生き方もあるわけです。

もちろんこういった生活をするほどじゃないという人もいます。

そもそもハマれるほどのことがない人も少なくないでしょうからね。

 

好きなことが変わっていくことは問題じゃない

よく好きなことをする生き方で問題とされるのが、好きなことは変わっていくという部分です。

そりゃ人を雇う立場からすれば問題でしょうけど、本人としてはそもそも問題ではないはずです。

これは人として当たり前のことで、前進したから飽きたのでしょう。

その前進には成長や適応などが含まれることもありますから、悪いわけではありません。

一切成長しないですぐに飽きたなら、それは自分の人生に必要ではなかったというだけの話です。

1つのことにこだわるのはただの執着

「何か1つのことを極めないと・・・」と思うのは、ただの執着です。

あるいは思い込みや、勘違いです。

飽きていいし、さっさと別のことをしましょう。

何かに挑戦したり、試行錯誤したり、工夫したり、飽きるまでの過程には価値がありますので。

まぁこれも、なかなかそう簡単にはいかない感じですけどね。

惰性やなんとなくではやりたいことが見つからない

ようやく実感として少しわかってきたことがあります。

それは、なんとなくや惰性では、やりたいことは見つからないということです。

やりたいことはそもそも見つけるものというよりは、気づいたらやりたくて仕方ないものだと思います。

しかし惰性の状態だと、何がやりたいのかすら探そうとしません。

面白い部分とつまらない部分に気づいているか

感性を発動させていくと変化が起きてきます。

例えばゲームだと、

「この部分すげーおもしろい!」

「ここはかっこいいなー」

「あーなんかめんどくさい部分きた」

というように、何が面白くて何がつまらないかなど、出てくるはずなんですよ。

でも惰性でゲームをやっている状態は、そういう”感じ”があまりない状態です。

感じないようにしている状態ですかね。

ただひたすら何となく、やっている感じになると思います。

それではやりたいことは全く見つかりません。

これは好奇心すら生じない状態かなと思います。

 

飽きたその先に適応しないことの恩恵がある

適応しない生き方にも、メリットがあるんです。

その1つが創造性、新しさをもたらすことです。

飽きるとは適応したその先に、適応しないことを可能にするものです。

専門家は大抵視野が狭いのですが、その分野に飽きると視野が広がるんですよ。

こだわりがなくなり、わりとどうでもよくなるからです。

こだわっている内は視野が狭いですし、適応している状態なので融通が利かなかったりします。

結果的に考えも固定的になり、柔軟性や創造性が失われがちです。

ですから、飽きるということは能力的な成長にも悪くないことだと思います。

もちろんもっと続ければ、何らかのスキルが身についていたと思うこともあるでしょうけど。

中途半端な場合が一番悩むと思いますが、中途半端なこともほかのこととかけ合わせれば価値を持ったりします。

 

とにかく重要なことは没頭すること

没頭する過程で積み上げてきたことが、価値になっていきます。

独自の視点、独自の経験、独自のノウハウ、独自の過程などです。

そもそも没頭すること自体、なんでもそうですが多くありません。

いやいやながら料理する人より、好きで好きで没頭して料理する人の料理を、私たちは食べたいのではないでしょうか。

安さなどが基準になることもあるでしょう。

しかし好きか嫌いかで言えば、好きなほうがいいのはほぼ誰もが同じでしょう。

好きで没頭できることそのものが、もうすでにして価値を生み出す一歩前なんです。

 

まとめ

とにかく没頭が超重要ということですね。

好奇心や没頭を軸にした生き方です。

没頭の過程で何らかの価値が作られ、お金に換えていけるようになるという戦略ですね。

そのためなら飽きることは、むしろ必要な戦術とも言えます。

戦略とは何かを犠牲にして初めて成立するものです。

何も犠牲にする必要がないなら、そもそも私たちは戦略など不要ですし、人生に何の悩みも抱えないでしょう。

没頭することは、逆に言うと没頭が最優先で、ほかのことは二の次ということですね。

飽きたとかもはや問題ではないということです。

ですから恥とか、そういうのを気にして没頭できないことはこの戦略上大きな障害になります。

惰性やなんとなく、注意散漫などの状態も好奇心などが生じにくいため、大きな障害になるでしょう。

例えば空気を読みまくっていると、やりたいことができず戦略が成立しない可能性が高まるわけです。

ホリエモンも言っている

わかっている人もいるでしょうが、このことはホリエモンも言っています。

というかむしろホリエモンを参考にした内容です。

特にホリエモンの生き方を記した本は、なかなか読み応えがありました。

遊びという視点も大事ですが、何よりもハマること、熱中することかなぁと思います。

ハマれるなら、動機は何でもいいと思います。

楽しさはもちろん使命感や悔しさ、もはや欲深さであったとしても。

 

おまけの参考