損得勘定で動く人は悪い?その心理とは?人間関係のメリットとの付き合い方

損得勘定で動く人は悪い?その心理とは?人間関係のメリットとの付き合い方

損得勘定で動く人は批判されがちです。

これちょっと違和感ありますよね~。

損得勘定で動くことは悪いことなのでしょうか?

その心理や活かし方を深掘りしてみましょう。

 

サラリーマンは大半が該当する

やりたくない仕事や、学生の場合やりたくない勉強をすることは、損得勘定で動く典型例です。

仕事や収入がないことへの恐怖心や不安もありますが、要するにこれも損得勘定です。

学歴を確保するために、最後まで卒業するのも同様ですね。

ですから、そもそも損得勘定で動くのは悪くはないことです。

ただ、一般的に不幸に感じやすいんじゃないかなーとは思いますけどね。

やりたいこととか好きなことで動いたほうが、幸せに感じやすいでしょう。

 

やりたくないことをしているという心理は原因の1つ

やりたいことをしている場合、あまり損得勘定はしません。

なぜなら、やりたくてしているからです。

まぁ当たり前ですね。

なのでいちいち損得勘定する人は、あまり乗り気ではないのです。

あまり気の合わない人間や、イラッとするような人間相手の場合、メリットがないと動かないのは致し方ありません。

だって、人間だもの。

時間という資源

やりたくないことをしている人にとって、時間はものすごく貴重になってきます。

なにせ、残っている時間でしかやりたいことができないからです。

ですから残された中で過ごす時間すべてに、メリットを求めるようになります。

これが人間関係に損得勘定を持ち込む心理的な原因の1つでしょう。

やりたいことをしている人は、損得勘定ではなく、やりたいことを共有できるかどうかや、その人とやりたいと思えるかどうかで判断します。

この辺が違いますね。

 

損得勘定する人はダメという矛盾

たまに「損得勘定する人はダメだ」みたいなことを見かけます。

これは明らかな矛盾です。

損得勘定しないというなら、損得勘定する人とも付き合うべきです。

ですよね?損得勘定する人とは付き合わないとか言っている時点で、損得勘定していますから。

これは明らかなことで、矛盾しています。

損得勘定する人とも付き合う人は、損得勘定を批判しません。

無能になってはいけない

損得勘定しないというのは、無能になることです。

生きていけなくなります(笑)

スピリチュアルでも、思考しないようにしましょうとか、知識は無意味とかよく言われます。

これと同じにおいがしますね。

そういう意味ではないんですよ。

損得勘定をした上で別の視点も持つ

損得勘定はしていいですし、するべきです。

その上で、別の視点を持つべきなんです。

人間性とか、気が合うとか、新しい視点をもたらせてくれそうとか、自分の殻を破れるきっかけになるかもとか。

そういった理由で付き合うのも大事ということですね。

でも、損得勘定も大事ですよ。

限界が必ず来る

何千万の借金の保証人になってくれと言われて、なるべきだと思いますか?

損得勘定は大事です。

自己責任なんですから。

繰り返しますが、損得勘定する人を批判する行為が、そもそも損得勘定しているんですよ。

ですから、損得勘定もそうじゃない視点も、両方大事にすればいいだけの話です。

 

度が過ぎるとよくないかも

そもそも損得勘定というのは、ただの分類です。

鳥類とか、爬虫類などそういった分類と同じです。

損得勘定をするというのは、損得勘定以外の行為との分類でしかありません。

そこにいい悪いを持ち込むことは、個人の自由ではありますが、真実にはならないでしょう。

でもその人にとっては、真実に感じてしまうものです。

だから、損得勘定が激しい人が嫌われるのも、ほかの人が損得勘定した結果なのでしょうがないかなと思います。

別にこれでいいと思うんですけどね。

分類について

損得勘定は、行為の分類です。

その行為の内容は、相手がメリットのある人間かということで分類するものです。

相手と付き合って得するか損するかという視点は、悪いものではないはずです。

私たちは別に、誰かと付き合わなければいけないわけではありません。

これは、真理的な意味でです。

仕事なら、会社など組織のルールで付き合わないといけません。

ただ、宇宙の法則として付き合わないといけないわけではありませんね(多分)。

ですから、ただの分類でしかありません。

その分類をしたうえで、付き合うか付き合わないかの決断を、損得勘定以外で行うべきというのが、結論です。

成功法則の本質

損得勘定で動くやつはダメだみたいな話が成功法則などでよくあります。

本質を抽出するのが大事ですね。

その本質は、すでに述べたように、損得勘定をしつつ好きとか気が合うとか損得勘定以外でも決断しようということです。

相手と付き合うことがメリットになるかどうか考えないのは、ただの思考停止でしょう。

もちろん、余計なことで考え続けてしまうのもよくないかと思いますが。

 

まとめ

損得勘定で動くことが悪いわけではなく、もっと先があるということです。

「損得勘定をした上で、損得勘定以外でも動く」

のがいいのではないかと思います。

もちろん、損得勘定だけで動くときもあるでしょうけど。

これが人間関係やそのメリットとの付き合い方だと思います。

いろいろな視点をもって、その都度判断しましょうということです。

 

損得勘定で動く人の心理は、損得勘定の先がないだけとも言えます。

好きとか楽しいとか、好奇心とか、困難や新しいことへの挑戦とか、気が合うとか付き合いだとか、そういった損得勘定以外の動機までいかないのです。

というか、こういうのも長期的に見れば損得勘定の一つだと思いますけどね。

損得勘定を批判する人は、自分は損得勘定をする人間ではないと思い込んでいるだけです。

だから批判したくなるのでしょうが、短期的にも長期的にも、物質だけでなく精神的にまで、損得勘定をしない人はいないでしょう。

楽しいからという動機も、一種の損得勘定ですし、これがダメなら思考停止状態でないと人と付き合ってはいけないことになります。

 

ではなぜ、目先の損得勘定だけで動くのかというその原因は、多岐にわたると思うので一概には言えないでしょう。

心の感受性があまりないのかもしれませんし。

やりたくないことをやっていたり、現状に強い不満があるのかもしれません。

あるいは総合的な言い方ですが、精神的に余裕がないのかもしれません。

 

心理的な本質も、また人によって違います。

ですがいずれにせよ、損得勘定そのものが悪いわけではないということだけは言えます。

もちろん少しぐらいは、損得勘定が悪いと思える時や状況はあるでしょうけどね。

真理的には、本質的には、悪いわけではないんです。