アメリカ人の少女が着物を着てお茶会する和風写真で炎上した件について

アメリカ人の少女が着物を着てお茶会する和風写真で炎上した件について

アメリカ人の少女が着物を着てお茶会をしている和風写真がアップされたところ、炎上したそうです。

日本人から見ればただ単に微笑ましいだけだと思いますけどね。

「日本人を馬鹿にしている」

という人種差別的な観点に基づく批判が集まったようですね。

このニュースを見て、思い出したニュースがあります。

 

シャーロットに対する差別的な見方と同じ

日本で以前、動物園で誕生したサルに、英国王妃の娘シャーロットの名前を名づけたことが、かなり批判されました。

「王女シャーロットと同じ名前をつけるなんて、イギリス人をバカにしている!」

といった感じでしょうか。

同じようなことは、日本はもちろんどの国でも行われているでしょう。

日本は集団主義の国ですから、差別的な見方がかなり多くなりがちです。

まぁほかの国も差別は多いので、どの国もあまり変わらないかもしれませんが。

イギリス人は唖然

アメリカ人の少女がお茶会風のことを楽しんでいたとしても、基本的に日本人はただ微笑ましいだけでしょう。

それと同じように、イギリス人もなぜ炎上しているのか謎だったわけです。

シャーロットという名前も、別に珍しいわけではありませんし。

むしろ自分たちの名前をつけてもらえるなんて、好意的にすら思えるはずなんですけど、なぜか日本人の中では炎上しました。

麻生太郎だったら

例えば麻生太郎から太郎をとって、動物園の赤ちゃんサルに名前をつけたとして、私たちはそれを侮辱だと感じるでしょうか。

まぁ特定の国がやったら感じるかもしれませんが^^;

基本的にはこれは、ただ微笑ましいだけでしょう。

猫ならかわいいだけ

ネット上で見かけたのですが、猿だから問題と指摘されている方がいました。

まさにその通りだと思いました。

確かに猫にシャーロットという名前をつけたなら、かわいいだけでしかありません。

これはこの件ならではの本質的な見方ですね。

猿については、けっこう侮辱的な意味で持ちだされることもある言葉なので、私たちは過敏になっているのでしょう。

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第三者が割り込むべきじゃない

この社会では非常に多いのですが、他人の気持ちを勝手に代弁しようとする人が後を絶ちません。

しかもこういう人はほとんどの場合、自分の気持ちを喋っているだけなんですよね。

日本人がどう思っているか、まず日本人に聞くべきですよね。

同様に日本人も、勝手にほかの国の人たちの気持ちを代弁すべきではありません。

そもそも日本人同士でも、勝手に他人の気持ちを代弁するべきではないわけですから。

怒るために利用しているだけ

和風写真の件も、シャーロットの件も、批判する人は自分が批判したり怒るために利用しているだけなんですよね。

しかもあの人が怒っているからという風に、あくまで怒っているのは他人という責任転嫁なので、性質が悪いです。

今回のようなケースでは、明らかにアドラーのいう目的論が成立していますね。

目的論は何か原因があって感情が生じるのではなく、目的のために感情が生じているということですね。

何かを怒りたくて、怒りという感情が生じてくる感じです。

しょうもないことで怒る人は、ほぼこのパターンだと思います。

たいていの炎上は、本質的には怒りたくて怒っているだけかと思います。

 

まとめ

真実を重視する人なら、まず本人に気持ちを聞くはずです。

お茶会風の写真を見て日本人がどう思うのか、シャーロットという名前をイギリス人はどう思うのか。

聞いてみたところ、むしろ好意的に見ていると分かれば、誰も批判などしないでしょう。

よって炎上も生じなかったでしょう。

ツイッターなどでデマが出回ることも多いですが、こういった気持ちについても、ちゃんと真偽を確認すべきなんですよね。

 

人間は完ぺきではありませんので限度はありますが、できるだけ確認していくことが大事ですね。