お金儲けが先にくるとエフィカシーが低下する!上げる方法も紹介

お金儲けが先にくるとエフィカシーが低下する!上げる方法も紹介

お金儲けが先に来ると、いろいろと問題が起きやすいと言われますね。

今回は、エフィカシー(セルフイメージ)が低下しやすいという問題に着目します。

なぜエフィカシーが上がるのではなく、下がるのかを詳しく説明してみます。

それがわかれば、エフィカシーを上げる方法もある程度わかってくるという寸法です。

継続が難しい

お金儲けが先にくると、まず続かないんです。

続かないことは、やりたいことではないんですね。

続かないというだけでも、エフィカシーが下がります。

「ああ・・・また継続できなかった・・・」というふうに。

やりたいことだったけど、飽きただけなら、下がりません。

やりたくないことだと当然下がる

やりたいことではないことで、お金儲けをやることも、そのままエフィカシーを下げる原因になるんです。

やりたくないことをやることそのものが、エフィカシーを低下させます。

使命感があるとか明らかに人の役に立っている場合は、話は別ですけどね。

やりたいことをやるだけで、エフィカシーは上がるとも言えます。

本来人は、そこまでエフィカシーが低くはないはずです。

 

役に立たないことだと低下する

次に、お金儲けを重視しすぎることの弊害についてです。

お金儲けを重視すると、大して役に立たないことや、詐欺や煽り売り、また欲しい人が買うことを無視して先に買って転売するといったことをしがちです。

こういった行為は、エフィカシーを下げます。

こういったことをしないと稼げないという、無意識的な認識もあります。

でも何より、人の役にあまり立ってないどころか、迷惑をかける行為はエフィカシーが上がるわけないです。

 

転売という行為そのものが悪いのではなく、人の役に立つような転売をすることが大事です。

もちろん、やりたいことであるという前提がありますよ。

 

お金に依存した評価

お金に限りませんけど、何かに依存した自己評価は、本質的にはエフィカシーが上がりづらいです。

お金に依存したゴールに基づいて考えると、エフィカシーはあまり変わっていないように思えるわけです。

年収500万の人が、年収1億をゴールにしても、ただお金の額が増えただけです。

これはむしろ、現在の自分の価値は年収500万円であるというふうに、潜在意識が認識してしまうでしょう。

もし、これで年収が下がれば、もはやエフィカシーも一緒に下がります。

これでは、あまり意味がありません。

年収1億にふさわしい自分

もちろん、年収1億の臨場感が高ければ、それに合わせてエフィカシーは上がるかもしれません。

年収1億にふさわしいというエフィカシーです。

しかし問題なのは、お金と連動してエフィカシーが上下することです。

自分の年収が下がって、その結果エフィカシーが下がるなんて本末転倒です。

お金に依存したエフィカシーは、本当のエフィカシーとは言い難いです。

なぜなら、自分本来の価値ではなく、私の中からお金に換えられる部分の価値だけを評価対象にしているという根本的な原因が存在しているからです。

お金ではかる人の価値は、存在そのものを肯定した価値観ではありません。

この価値観自体が、エフィカシーを下げることになりかねません。

もちろん目標はあっていいんですが、必ず他のゴール設定を複数しておきましょう。

エスティーム

早い話、年収というのは過去ですから、過去に基づいた自己評価となります。

これはそもそも厳密には、エフィカシーではありません。

過去の実績ですから、エスティームですね。

未来を含んでいるか

エフィカシーは未来に基づいています。

例え今がダメだとしても、本気でおれはすごいと思えることです。

これはやはり、人の役に立つなど、日ごろの行いで決まってきます。

日頃何をしているかが大事です。

もちろんここで、やりたいことと言えるのがいいのです。

今日もあまり努力しなかったな・・・

日頃の行いが大事です。

「今日もあまり努力できずサボっちゃった・・・」

と努力しないで過ごすと、エフィカシーは下がりますよね。

でもやりたくないことをしてもエフィカシーは下がります。

というか続きませんし、積極的になれないから下がりやすいわけですよね。

やろうと思ったことを積極的にやっていく

自分がやろうと思ったことをできないことは、とてもエフィカシーが下がります。

これはやりたいことをやれないのも同様です。

ですからやろうと思ったことを積極的に、徹底的にやっていくようにすれば、いずれやりたいことに絞られていくでしょう。

結局のところエフィカシーという観点で言えば、やりたいことをひたすらやっていくしかないように思えます。

あるいは嫌いではない範囲のことで、人の役に立つことをやり続けるなどですね。

やりたくないことの場合、また努力できなかったということを繰り返しますからね。

結局やりたいことをやるという結論に至るのではないでしょうか。

 

まとめ

やりたくないことをやっているとエフィカシーが低下するわけです。

よくいわれる、やりたいことをやるっていう話は、かなり多くの意味を含んでいます。

以下のようなプロセスが含まれています。

 

1.まずやりたいことをやるだけで、エフィカシーが少しは上がります。

2.やりたいことをやっていいんだという、潜在意識の働きもあるでしょう。

3.やりたいことをやって、自己の存在意義を認められるわけです。

4.さらにやろうと思ったことをやり続けるので、セルフイメージが高まっていきます。

5.しかも好きなことなので、徹底的にやります。

6.継続して、試行錯誤して、経験を積み、実力を身に着けます。

7.一方で好きなことなので、純粋に人の役に立ちたいとも思います。

8.どうやったら役に立つか考え、それを提供していきます。

 

この一連の流れで、エフィカシーはどんどん上がっていくわけです。

それをゴール設定で最初にやってしまうというのが、苫米地理論だと思います。

やりたいことをやりながら、人の役に立っていけば、お金はあとからついてくるということでしょう。

 

努力は必要

ですから、やりたいことを徹底的にやっていくということが、大前提でしょう。

必ず継続的な、徹底した実践が必要不可欠です。

努力が不要ということはないです。

あくまで努力不要論は、やりたいことなら努力感はないよというだけでしかないですね。