科学の限界は2つある~神の存在も証明可?~

科学の限界は2つある~神の存在も証明可?~

科学には限界があります。

科学に限界があることを知っている科学者は、決めつけて否定したりしないですね。

では、その限界とは何か?大きく分けて2つ。

まず1つが、無限にループしていつまでも原因を明らかにできない問題があることです。

もう1つが、再現性の限界です。

 

いつまでもループする!無限後退という問題

科学では、必ず何か原因があります。

存在するものには必ず原因があるわけですね。

ってことは?

その原因にも、別の原因がありますよね。

そしてさらにまた別の原因があるはずです。

こうしていつまでも原因を探っていくと、いつかは「原因のない原因」に行きつくはずというわけです。

しかし、原因のない原因は、科学の限界を超越しており、科学では証明不可です。

原因がないということは、一切の再現性が確認できませんから。

再帰的な仕組みがあったとしても

再帰性っていうのは、ループ状の仕組みみたいなものですね。

例えばAがBを生み、BがCを生み、CがAを生むという仕組みが一例です。

これって一見、科学の限界を解決しているように見えませんか?

とてもスッキリしてますね(笑)

しかし結局のところ。。。

「じゃあその再帰的な仕組みはどうやってできたの?」

と、やっぱりその仕組みを生みだした別の原因があるはずなんですよね。

結局、科学の限界は超えられません。

神を証明したことにはならない

この無限ループすることが、神の証明になると考える人もいるようです。

しかしこれは、科学的な限界を証明しただけにすぎません。

確かに原因のない原因が最初になければ、原因は生まれようがありません。

しかしこれは正確に言えば、「原因のない原因があるんじゃん?」という問題提起をしただけですね。

ですから神の存在証明にはなりません。

もちろん、神の否定にもなりませんけどね。

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2つめの原因:再現性という罠

科学の最大のポイントが、再現性です。

科学の論理って再現性にあります。

「再現性こそがすべてだ」

という論理です。

ですから、再現性がないものは科学では扱われません。

しかしこれが1つの限界であり、落とし穴という罠にもなります。

見えるものや測定できるものしか扱えない

科学では人間が観測したり、感じたりできることしか扱えません。

今は機械で測定するのが原則なので、実質は機械で測定できることだけです。

仮説があって、あらゆる角度から実験して、再現性があれば理論や法則として認められるわけです。

もしかすると、人間のオーラとか、気とか霊とか、機械では測定できない何かがあるかもしれないわけですね。

見えないからと言って否定には全くならない

こんなの当たり前の話なんですけどね。

生まれ変わりの法則とかも、否定はまったくできません。

なぜなら、観測できないからです。

魂ってものを観測できれば、証明は可能でしょう。

しかし観測できない限りは、魂が科学的に扱われることはないでしょう。

なお、ある大学では生まれ変わりの法則を間接的に証明する研究結果があります。

私は科学者ではありませんが、できるだけ感情に動かされないよう努力していきます。

生まれ変わりの法則も、安易に否定すべきではないというのが私の立場です。

否定には否定の根拠を。肯定には肯定の根拠を

これもまた当たり前の話なんですが。

相手の主張の根拠がないことを根拠に、否定も肯定もできません。

ただの水掛け論にしかなりません。

例えば生まれ変わりの法則を証明できないことを、否定する根拠には用いることはできません。

逆もしかりです。

科学の限界があるからと言って、神の存在が証明されるわけではないのと同じことですね。

 

おまけ:神を相対的に証明することは無意味

神は絶対的なものです。

それを科学という相対的なものでは、証明できません。

これは、肯定も否定も証明できません。

そもそも科学で肯定や否定をできている時点で、絶対的ではないので。

こうしてここに何かを書いていることすら、無意味です。

(神が)”存在する”という言葉すら、ふさわしくありません。

しかしこれ逆に言うと、絶対的な神はいてもいなくても影響がない可能性があります。

なぜ神は人を助けないのか?

ドラマや漫画で、襲われた人が神に祈るケースがありますよね。

 

一般人「ああ!神よ、お助けください」

悪人「はっはー!神に祈れ!何も起きんだろうがな」

一般人「ぎゃー!」

そう、神は人を助けないことでよく知られています。

しかしこれ、私は昔から違和感があります。

そもそも、神が助けるなら人生なんざ不要です。

言うまでもないですが、私たちが自らの力で生きるからこそ、意味があるということです。

つまり不幸なことは、そもそも前提としてシステムに組み込まれている可能性があります。

別の言い方をすれば、自力で生きるためのお膳立てをすでに神が施したのが、この宇宙というシステムです。

神の助けは、もう既にこのシステムの中に組み込まれているという捉え方、予想です。

相対的な神はまた別

一応おまけとして。

いわゆる自然の神様とか、宗教の神様は相対的な神です。

このような神が存在する場合は、人を助けるかもしれません。

いわゆる霊とか、魂の世界になってくるのだと思います。

私はこの辺はまったくわかりませんが。

これはむしろ、神ではないという見方も可能なので、科学で証明できる余地があります。

科学の限界と関わりがあるのは、絶対的な神のほうです。

宇宙の創造主ですね。

この辺を混同すると、めちゃくちゃになるので明確にしておきます。

 

まとめ

科学の限界は、1つは原因が無限ループすることでした。

「いつまでも原因があり続ける」なんてことこそ、科学的にありえるのだろうかって感じです。

もう1つは、再現性の限界でした。

観測や測定できることしか扱われません。

結局科学にも、科学の論理ってもんがあります。

ゆえに、限界があるのは当たり前なわけです。

論理って正しいわけではないんです。

正しいという仮定のことを、論理と言っているだけですから。

科学の論理を抽象化すると、科学の限界が見えてきます。